高野真氏 サブプライムで変わる世界金融の構図
高野真氏 サブプライムで変わる世界金融の構図
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2008年04月14日(Mon)
高野真氏 サブプライムで変わる世界金融の構図
先週の8日、国際通貨基金(IMF)は世界の金融機関のサブプライム関連損失が1兆ドル近くになるとの推計を発表した。著名投資家ジョージ・ソロス氏もサブプライム関連の損失は最低でも1兆ドルとなり大恐慌以来の深刻な状況になると述べている。ベアー・スターンズの救済策が発表されて以来、市場は若干落ち着きを取り戻してはいるものの道のりはまだ険しい。市場はいま、サブプライム問題による損失の量、回復の時期に関心を寄せているが、ここではサブプライム問題がもたらすグローバル金融の質的変化について考えてみたい。
今月初め、弊社(ピムコ)は米国本社、シンガポールオフィスからポートフォリオ・マネージャーを招き、東京オフィスのシニア・クレジット・アナリストも交え『PIMCO短期経済予測とグローバル債券投資戦略』と題するセミナーを行った。セミナーのテーマはサブプライム問題とグローバル経済、社債市場戦略、エマージング市場戦略の3つである。通常、80人程度の参加者で行われる定期セミナーであるが、今回は150名近くの申し込みがあり、いかにこれら関連のテーマへの感心が高いかがうかがえる。この講演を聴く中で、一連のサブプライム問題にはグローバル金融のフレームワークを変えるような3つの大きなキーワードが隠されているような気がした。それはすべてDで始まる、ディスカウント・ウインドウとデレバレッジ、そしてデカップリングである。 もろ刃の剣となるディスカウント・ウインドウのプライマリーディーラーへの適用 ベアー・スターンズの救済策として使われたのが、ディスカウントウインドウ(公定歩合貸し)のプライマリーディーラー(政府公認証券ディーラー)への適用である。ディスカウント・ウインドウを用いた資金の提供は理論的には無制限に行うことができるが、原則、銀行だけが対象となっていた。今回、初めてJPモルガンを窓口として実質的にプライマリーディーラーであるベアー・スターンズにディスカウント・ウインドウを通じた資金提供が行われた。つまり、これまで銀行に限られていた米連邦準備理事会(FRB)による直接的かつ選択的な資金提供の対象がプライマリーディーラーにまで広がったのである。 このことの意味はきわめて大きい。これによりFRBの管轄範囲、つまり責任範囲が飛躍的に広がり、負担すべきコストも飛躍的に増加する可能性が出てきたわけである。今回のサブプライム問題の最大の特徴は、各種金融機関が直接バランスシートを使わずストラクチャード・インベストメント ・ビークル(SIV)などの証券化商品を販売ないし投資を行うことでバランスシートリスクのオフバランス化を行った点である。これは簡単にいえば、間接金融の問題ではなく直接金融、あるいは少し前に日本で流行った市場型間接金融の問題であった。これにより当初、銀行バランスシートが直接棄損し間接金融主体の経済がマヒした日本との対比において、いま起きている問題は直接金融の問題、つまり各金融機関個々の問題であるといわれた。 したがって、プライマリーディーラーへのディスカウント・ウインドウの適用により、銀行だけではなく証券会社へもFRBの責任範囲が広まり、直接金融の問題がFRBを通じて間接金融化したと見ることができる。またこの措置は97年における山一証券への日銀特融と同じ措置である。当時の日銀にとってこの負担は大きく、それ以後日銀による大規模な直接的な資金提供はできなくなった。今回、FRBは大規模な売りオペを実施し、信用度の低い証券を担保として受け入れ、信用度の高い財務省証券を売っている。やはりバランスシートは大幅に悪化しており、そのコストは大きい。 デレバレッジ(てこの解消)の意味 サブプライム問題は直接住宅市場とは関係のない投資家にまでその影響が広がっている。もっとも打撃をうけたのはヘッジファンドであろう。デレバレッジの影響である。ピムコのセミナーでシニア・ポートフォリオ・マネージャーであるビル・パワーズは以下のように述べている。 『現在の世界経済および金融市場は米国の住宅バブルと過剰流動性によりもたらされた信用バブルという2つのバブルの破綻に見舞われています。これはかつて金融緩和→過剰流動性の発生→資産価格の上昇→信用創造によるレバレッジの上昇→さらなる投資というサイクルを通じて引き起こされた2つのバブルが逆サイクルをすることにより発生しております』 つまり、レバレッジの巻き戻しが起こっているのである。破綻したヘッジファンド「ロングターム・キャピタル・マネジメント( LTCM)」の創設者だったジョン・メリウェザー氏のファンドがこのデレバレッジにより運用資産額が大幅に減少し大打撃を負っているという報道が先日あった。世界中の証券価格の下落により投資家が一斉に資金を引き上げたことでスワップなどデリバティブ市場でのスプレッドが大幅に拡大し、一段と価格下落が進行。それにより損失が拡大し、投資家は一層換金を迫られ、ヘッジファンドはレバレッジの巻き戻しを迫られた。3月にベアー・スターンズの危機が伝えられたころには投資適格のクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)の金利上乗せ幅(スプレッド)は200ベーシスポイント(bp)以上にも跳ね上がった。この影響は全世界に伝播(でんぱ)し、日本でもベア救済の翌日には、円スワップスプレッドが円とドルの3カ月物交換レートで98年当時のジャパン・プレミアム(邦銀向け上乗せ金利)に匹敵するほどにまで高まった。 このデレバレッジ現象が今後の金融ビジネスに与える影響は大きい。資金の供給手がいない中、資金需要が高まっていることにより現金の“価値”が上がっているのである。もちろん市場が落ち着いてスプレッドが縮まればこのような極端な資金調達難は解消されるだろう。しかし、いわゆるレバレッジビジネスは壊滅的な影響を受けるに違いない。すくなくとも自己資本を上回る借り入れコストは恒常的に高まり、その結果、担保価値や信用力を持たないヘッジファンドビジネスは成り立たなくなるだろう。 昨年初めまでスプレッドが縮小する中、ヘッジファンドや証券会社は投資家の要求利回りに合う投資商品をレバレッジを使って提供してきた。こういった商品が今後提供されなくなるとしても、それは供給サイドの問題である。需要サイドである投資家の要求利回りに変化がないなら、今後はそういう資金は、より原資産として(レバレッジ前の段階で)高いリスクプレミアムを持つ資産に向かうのかもしれない。 デカップリング:グローバル金融リーダーの交代 3つ目のキーワードはデカップリングである。米国の景気が減速する中でそれを相殺するほどの新興国の経済成長により、世界経済は引き続き成長を続ける――これがデカップリング論である。昨年4月にIMFが世界経済見通しの中で言及したことにより急速に広がった。ピムコのセミナーでもビル・パワーズは以下のように述べている。 『やや長期的な視点のテーマに触れますと、ピムコが特に注目している点は、エマージング諸国経済が先進国経済とどのように連動(カップリング)ないし非連動(デカップリング)していくか、という点です。引き続きエマージング諸国の経済成長は先進国の需要(輸出)に依存する部分は残るものの、一方で、欧州や日本からの、エマージング諸国への輸出シェアは増加していることから、エマージング諸国の内需拡大によるデカップリング・トレンドは続くでしょう』 最近ではこのデカップリング論に対して懐疑的な見方が多い。米国の経済が減速すれば、米国の旺盛な消費により経済成長を続けた新興国の経済も影響をうけるだろう、というのがその趣旨である。恐らくそのとおりであろう。しかし私が注目するのは米国の巨額の赤字を埋めているのは新興国であるという事実である。 このコラムの第18回『歴史は語る――新ブレトンウッズ体制』で米国経済の景気拡大は新ブレトンウッズ体制を作り出したことを述べた。つまり、中国・インドをはじめとする新興国は安いコストと潤沢な資金により国内生産能力の拡大を行い、米国を中心とした先進国へ輸出をする。米国はそれをオーバーファイナンス(過剰借り入れ)して消費し、新興国はそれにより得た外貨で米国債を買うことによりファイナンスする(この新ブレトンウッズ体制については、詳しくは第18回を参照されたい)。こういった異国間でのバランスを保つことにより世界経済は為替を実質固定化してきた。1941年から30年間続いた第一次ブレトンウッズ体制では金との交換レートを1オンス35ドルと決め、各国がドルを基軸通貨として固定する国際通貨体制であった。これに対し新ブレトンウッズ体制では米国と新興国の思惑が一致し、つまり米国と新興国との共同作業として為替を固定したのである。すなわち資金の出し手と受け手とが異なる(インバランスする)中でのバランスであった。 デカップリング論では「米国経済が減速し新興国がそれを補う成長をする」とし、デカップリング論に批判的な論者は「米国の経済減速は新興国の経済成長で相殺できない」と見る。しかしながらいずれの場合も、米国が景気減速し為替が減価する一方で新興国からの輸入も減るのであればブレトンウッズ体制は崩壊せざるを得ない。すなわちインバランスのバランスが難しくならざるを得ない。 もっとも重要なのは、ブレトンウッズ体制でも新ブレトンウッズ体制でも米国がグローバル金融のリーダーであったが、そのリーダーシップが新興国各国に移ったことである。その象徴が政府系ファンド、SWFである。前回このコラムでも述べたようにSWFは財務証券のホルダー、つまり債権者としての地位からシティグループへの資本提供に見られるようなステークホルダーとしての地位を持ち始めた。米国にとって不幸なのは、かつて米国の赤字を担ってきた日本やドイツと異なり、いま米国の赤字をファイナンスしているのは非同盟国である点である。つまりデカップリングの重要なポイントは、これまで米国と新興国が共同作業として世界経済を成長させていたのが、新興国、もっといえば非同盟国にリーダーシップが移ったことである。 世界金融の構造変化でゆれる日本 このようにサブプライムの問題を契機として、グローバル金融の構図が大きく変わりつつある。共通するのは現金の価値が高まっているということである。つまり“Money has Power”の世界が再び訪れているともいえる。そう考えると、振り返れば世界最大の対外純資産国かつ債権国であり、いまや所得収支が貿易収支を大幅に上回る金融大国でもある日本がこの新金融フレームで担うべき役割は決して小さくはない。この新たなグローバル金融のフレームワークの中で日本がどのような役割を演じるのか。先はまだ見えない。
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